ブランコあそび

秋千(ぶらんこ)は春の季語なんだよ

書くにあたって

私が、手紙だとか日記だとか、文を書くのが好きだと言った時、誰かに言われました。
「貴方は幼少期、親に話を聞いて貰えなかったのではありませんか?」
占い師のように言い当てられて、私は言い悩まず素直に「確かにそうです、何故分かったのです?」と訊き返しました。
曰く、幼少期に話を聞いてもらえなかった子供は、絵でも音楽でも文章でも、とにかく自分を表現したがる人間に成長すると。自己表現が言葉でなく、そういったものに偏るのだと言われました。
思い返すと私は話すのが壊滅的に下手な子供でした。要領を得ぬ内容、あちこちに散らかる話題、「えーとね、それでね、うーんとね」と言う、無駄な前置き。
大人になった今、当時の親の気持ちを考えるとそれこそ「駄目だこりゃ」。同情せざるを得ません。聞いて貰えぬのは当たり前。
しかし当時の私は、いつも寂しく、話し相手のおらぬ孤独な娘でした。話したい事は山程あるのに、話す相手が居ない。聞いてくれる人間がいない。それは何とも切ないものでした。
ですから、私は話す代わりによくものを書いていました。手紙、絵本、日記、作文、小説のようなもの。
大人に「あなたは喋るより書く方が上手、いっそ手紙で会話をしたら?」と言われる度に、それが皮肉とは思えずとても嬉しい気持ちになったものです。

しかしながら、歳を重ねる毎に私は文を書けなくなりました。
高校生の時分、この世には私と同い年で、プロの小説家のように素晴らしい文を書く娘さんがいるという事を知りました。しかもたくさんおりました。
そして今は、私より歳下ですが、それは素晴らしく魅力的な文を書く青年がおります。
私はめっきりペンを持つことが無くなりました。私の文に対する欲はその程度のものでした。

けれども、私はまた書こうと思い立ちました。
書かなければ忘れられぬ、書かなければ昇華できぬものがあると言う事を思い出しました。

私の文章は、前述の方々よりもずっと稚拙です。ずっと詰まらぬものなのです。
中身のない、考えも浅い、仕様のない下らぬものなのです。
私の文は、もちろん誰か知らぬ人に読んで貰えるのはとても嬉しい事ですが、たった一人のある人間が読んでくれたら、それで良いのです。
子供の頃に書いていた時は、たくさんの人に読んで貰えるのが嬉しかった。
今は、そのたった一人で私はさいわいなのです。
しかしながら、読んで貰えるとは思えないので、それが悲しいところですが。

飽きるまで、忘れるまで、地道にぽつりぽつりと書いていこうと思います。