ブランコあそび

秋千(ぶらんこ)は春の季語なんだよ

特別でも無い

私は何かしら特別な人間で、他の人とは違う存在だと思っているきらいがある。

中学生の頃、誰しも思っていた(かもしれない)だろう。自分には何か特別な力があって、世の中の何かを変えられるかもしれない、自分は特別な存在なのだと。
どうやら私は、そのままの思考で大人になってしまったらしい。
しかしそう思うと同時に、自分は他よりも最低で、身分卑しく下らない人間だとも思っている。それはそれで、「底辺」という意味ではある種特別なのかもしれない。
私には何も無い。若くも無いし、学歴も無いし、職歴も無いし、恋人も居ないし、顔もまずければ頭もまずい。
何も持たぬ存在なのに、それを理解しているのに、何故特別だと思えるのだろう。私は己の愚かさに、ほとほと嫌気がさす。

私は所謂、典型的な「社会不適合者」である。実に生きにくい世の中である。いや、いつの時代でもどんな場面でも、私は生きにくいと思うに違いない。

今回もそうだった。私なら、私だから、大丈夫だと思っていた。きっと私なら大丈夫だと。
しかし何も無い私には、到底無理な話だった。よく考えれば分かる話だが、私にはその「よく考える」頭が足りなかった。
ただひたすらに、言われた言葉を信じ、愚直に待ち続けた、それだけの事であった。誰も何も悪くない。私の嫌な真面目さが悪かった。
そう理解しつつも、誰かを憎み責めたがる私の心が、ヘドロのようにどろどろで醜いのだ。私はその醜い心が許せない。

私は大丈夫だ、きっと選んで貰えると思っていた。傍から見て、そんな事は万が一にも無かった。それを本人だけが知らなかった。
選ばれず独りで居る今、胃は焼けるように熱いのに、体は凍るように寒い。具合の悪くなるような酷い温度差を感じている。
この温度差はいつ無くなると思う?いつまで続くのだろう。
ああ、ずっと信じ待っていたように、今はただひたすらにじっとまるくなって、事の過ぎるのを待つしかあるまい。何時ものように、誰にも悟られぬようにして。

そうだった。
無い無い尽くしの私にたった一つあるものは、張り付いたような敵意の無い作り笑いだけだ。